東京都大田区のまち工場|株式会社タシロイーエル
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ツールエンジニアリング 2013年5月号

オーニックの奇跡

オーニックは岡山県吉備で放電加工を主体に金型及び精密部品の加工をしている会社である。そのオーニックとのお付き合いは子会社の未踏加工センター時代を含めて20年以上になる。当時の私は町工場に入って間もない時だった。友人の紹介を得て大手自動車メーカーに営業していたところ、2m近いシャフトの先端にセレーション加工する仕事の話があった。形状的に難しい仕事のため発注担当者も加工先を探しているところのようだった。社内やその当時の知り合いで加工できるところはなく、様々なところに聞いてやっと見つかったのが未踏加工センターである。初めての仕事にもかかわらず短納期でしかも安価で加工してくれてメーカーの信頼を得ることができた。どこもできなかった仕事を納品できたことがきっかけとなり、その自動車メーカーとの口座が開けて継続取引ができるようになった。難しい仕事ができることが強みになることを知る機会となり、その後も難しい仕事にトライするようになっていった。

その当時の未踏加工センターの社長からオーニックの経営理念を聞いて大いに共鳴・感動することとなる。オーニックは昭和63年に身体障害者の社会的自立を目的として設立された。障害者本人に働く意思と能力があっても、就労の機会に恵まれないのが現社会である。オーニックは事業活動を通して障害者に雇用の場を提供することを企業理念にしている。平成25年現在のオーニックの社員数は27名そのうち半数以上の15名が障害者、しかも、重度障害者が12名もいる。同じ加工業に身を置く私としては考えられない数字である。

加工業者はメーカーの厳しい要求にこたえなければならない、納期・品質・価格すべてをクリアしなければ長期にわたって仕事を受注することはできないし、経営も安定しない。納期、品質、価格すべてをクリアすることは健常者を雇用していても難しい事なのに、半数以上の社員が身体障害者で経営していることは奇跡としか言えないと思う。オーニックの社員は優秀な方が多く当社からの加工の依頼にも納期・品質・価格ともに全く問題がない。ロケット部品などの精密部品の加工依頼も納期通り高品質な製品を納品してくれるありがたい存在であり、トラブルの対応も誠実そのものである。

残念な事に昨年創業社長が亡くなられた。高潔な志のある会社には良い後継ぎがいるもので先代社長の甥御が後を継がれた。その新社長とゆっくり話す機会があった。最近では子会社を作って、引きこもりや知的障害者の人も採用していると聞き、そのチャレンジ精神には驚くばかりである。

障害者の人たちは雇用の場がなければ施設や家にいることが多くなり社会との接点は極端に少なくなる。働けない障害者の多くは何を食べたいとか、何を買いたいとか考えたことがない人が多く施設で出てくるものを食べる、与えられたものを着るという感じで自分では選択できない生活になっていることが多いそうだ。しかし、働くことで給与をもらうことができる。これがものすごく重要な事で、何かを選ぶ時のうれしそうな顔を見ると、選択できるということは人としての幸福だと思うと話していた。私は子供たちに勉強をすると職業の選択肢が増えると話して聞かせている。選択肢が増えるほど人間としての幅やチャンスも増えるのだと思う。何かを選べる選択肢が増えることは誰にとってもうれしいことだと思う。

震災後に復興のための部品を加工した時、障害者社員の自分たちが造る製品が復興の手助けになる、社会の役に立っているという働くことの喜びを聞いたときは深く、深く感銘を受け改めてオーニックに惚れてしまった。

通常は障害者を驚くほどの低賃金で雇用していると聞く、しかし、オーニックでは健常者と同一賃金で雇用しているそうだ。行政からの賃金援助も受けていないので障害者社員が収益を上げなければ企業活動が続かないという状況で経営を続けている。内、外の難しい状況に対応しながら経営することは経営者にとっては大きなプレッシャーと苦しみが伴うはずである。そんな厳しい環境の中で、障害を個性とみて、短所を寛容し長所を結集する経営はまさに奇跡の経営である。総勢27名という小企業が社員の成長に重きを置いた経営をしている。しかし、昨今の状況を顧みるとあまりにも人を大切にしない経営が横行していると感じる。特に大企業では少し業績が悪くなるとリストラをして株価を上げようとする。リストラされる人は現代の生け贄ようにも思えてくる。派遣社員が資材部管轄のところもありまさに人を物扱いしているといえる。

先日、大企業に勤めている私の知人が十年ぶりに遊びに来た、退職するので時間ができたという。何故50歳代というまだまだ働ける年代で退職するか尋ねたところ、同期で残っている人はほとんどいないし、職場のフロアには派遣会社の人ばかり、正社員はその知人だけになって仕事もやりにくくなっていると話していた。このような話はいろいろなところでよく聞く話である。

何か違和感を覚えるのは私一人ではないだろう。大企業の経営者も積極的に首切りしたいと思う人はいないと思う。しかし、3か月ごとに決算の発表が求められ、小さい会社が大きな会社を買収できるような仕組みがある以上、短期的視野での経営になってしまうこともある意味必然と言える。もっと中・長期的に経営をできる社会になってほしいものである。その点小さな町工場は株価などを考えて経営する必要はないので社員の成長を願って経営しているところも多くある。渋沢栄一が唱えた経済と道徳の融合した会社経営ができる時代が待たれるところである。