東京都大田区のまち工場|株式会社タシロイーエル
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連載記事ARTICLE
ツールエンジニアリング2015年1月号

富岡製糸場が世界を救う

平成26年度も世界では様々な国で紛争や戦争が絶えることがなかった。産業界もグローバル経済であり弱肉強食の世界と云える。自分さえよければと思う人が、どんどん増えているように感じる。争い事も永遠に続くのではないかと思えることばかりだ。イスラエルとパレスチナの対立は解決方法が見当たらない、隣国シリアでは内戦の激化、その火の粉がイラクに飛び火、同じ宗教のシーア派とスンニ派が内戦を始めイスラム国と名乗って過激な国を作ろうとしている。その間隙にクルド族が独立宣言、イラク・シリアではだれが敵かわからない状態になっている。ウクライナでも内戦状態。その対応を巡ってロシアと欧米が対立、中国ではウイグル族が弾圧に耐えかね蜂起が始まっている。チベットにも飛び火するかもしれない。

世界には、<やられたらやり返す>を何百年も繰り返している歴史的事実がある。世界的平和が、訪れることはないようにも思えてしまうほど、争いごとが多発している。日本にいると、そんな喧騒を肌で感じることはほとんどない。

日本人ほど平和を好み、争いを嫌う民族はいないのではないだろうか。日本は争い事を上手にまとめる風習があると思う。西南戦争で負けた西郷隆盛の銅像がときの政府により建立されたり、戊辰戦争後、朝敵と言われた会津藩の家系と皇族の婚姻で、しこりを取り除くなど機知に富んでいる。アメリカと戦争をしたことを、知らない若者がいるくらい過去のことを水に流す心を持っている。

日本人の本質であるおもてなし精神や惻隠の情、許す心など平和を愛する精神が世界に広まることが、世界平和につながるといえるだろう。

さて、平成26年6月に富岡製糸所が世界遺産に認定された。一瞬なぜ、工場の跡がと思ったのだが、すぐに渋沢栄一のことが思い出された。日本資本主義の父と称される渋沢栄一が主導して設立したのが富岡製糸所である。渋沢栄一は、日本が欧米のルールの中に入る過程で、日本独自の考えを資本主義に取り入れようと、生涯活動した世界に誇れる日本人の一人と云える。その考えとは、「道徳と経済の融合」、また、「論語と算盤

とも言われている。自分だけ利益を出せばよいというのではなく<我もよし、人もよし、世間よし>の経済資本主義の確立を目指したのである。そして、500社以上の会社設立にかかわり、日本の産業発展に貢献した。今でも多くの企業が存続していて、渋沢哲学のもとに経営されている。

富岡製糸所の初代工場長は、尾高淳忠という人物で渋沢栄一の推薦により就任することになる。彼は、渋沢栄一の従兄であり、渋沢栄一に論語を教えていたことでも有名である。その当時、女工哀史・ああ野麦峠でも知られるように、製糸工場で働く女工の労働環境は大変厳しいものがあったが、富岡製糸場では、8時間労働、週1回の休日、食費・寮費・医療費なども会社もちであり大変恵まれていた。しかし、当時は低賃金で過酷労働をさせることは当たり前、やがて競争に負けてしまう。結局8年で破綻してしまい三井に買収されることになる。その後片倉工業が経営し1987年まで操業されていた。片倉工業と渋沢栄一は縁が深く、渋沢栄一の理念に賛同した企業のひとつと言われている。

片倉工業は、閉鎖後一般公開はせず、<貸さない、売らない、壊さない>の方針を取っていた。年間1億円の維持費を使いながら保全に努めたことは、多くのニュースで報道されたので目にした人もあると思う。現在の良好な保全状態を維持できたのは、片倉工業の貢献といえる。片倉工業は、渋沢栄一の理念に基づいた富岡製糸場の高い価値を理解し多額に費用を出し続けたと考えられる。また、富岡製糸所の魅力が、地域住民の運動、行政、企業を動かしたともいえる。平成16年には、富岡市に無償で寄贈され、今日の世界遺産認定へとつながるのである。

資本主義に、道徳や論語を取り入れるなどと考える民族は、日本だけではないだろうか。昭和に入り、人を幸福にするマネジメントを目指した、ピーター・ドラッカーが似たような主張をしている。鎌倉時代の近江商人が売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし、そして、商いを通じて地域社会の発展や社会貢献をしてきた。道徳経済は日本のお家芸、筋金入りである。

渋沢栄一は、生涯に500以上の会社設立にかかわっているが、子孫にはほとんど残していない。そのため社名などに残っている会社は少なく、一般的には有名ではない。しかし、日本資本主義の黎明期に、渋沢栄一が出現したことは、日本にとって大変幸運なことだったと考えられる。

富岡製糸場は、その当時の世界の生糸市場を大きく変えた。そして、日本の近代化にも大きく貢献した。そして、紛争の多い現在、世界遺産・富岡製糸場を通して少しでも、日本式資本主義の良さや渋沢栄一の理念が世界に伝わることが望まれる。富岡製糸場は、設立から142年で世界遺産に認定されたが、設立当時はもちろん、創業終了後も世界遺産に認定されるなどとは、だれも思っていなかっただろう。よいものは時間がかかっても認められるという良い実例である。日本が本当に輸出すべきは道徳経済資本主義ではないだろうか。

富岡製糸場をもっともっとPRして、渋沢栄一の理念・哲学である『道徳と経済の融合』が世界に広まることが世界平和、世界の繁栄につながり世界を救うことになると思う。