東京都大田区のまち工場|株式会社タシロイーエル
お電話でのお問い合わせ|03-3734-7225
連載記事ARTICLE
ツールエンジニアリング2012年10月号

式年遷宮と技能継承

三重県の伊勢神宮では20年に一度神々の引っ越しといわれる式年遷宮が行われている。
式年遷宮とは、神宮の内宮、外宮、別宮などの社殿を20年ごとに造り替え新しい神殿に神座を遷すことで、およそ1300年前から20年に一度行われてきた稀有な神事といえる。
通常世界的に見ても宮殿や神殿は永遠を目指して頑健に建立するが、伊勢神宮や出雲大社など一部の神宮だけが同じものを新しく造り替えることで生物のような永遠の命を手に入れたといえる。

1300年前といえば世界最古の木造建築物で知られる法隆寺が建てられた頃で、長期に耐えうる建築技術があった。にもかかわらず、20年に一度同じ建物を建立するという世界にも類を見ない仕組みを作り上げてきた日本人の創造力は世界に誇れるものであると思う。なぜ式年遷宮が行われるか諸説あるが、精神文化の伝承や建築技術等モノづくりの継承が目的の一つと言われている。

特殊な和釘や葛の繊維で編んだ容器など建てる技術以外にも重要な技術技能がたくさんある。葛の繊維で編む水口細工は滋賀県甲賀市で盛んに作られていたが、高齢化のため後継者がいなくなり、堺市の若い竹工芸家が試行錯誤の末作成して納めたそうだ。

和釘も造れる職人がいなくなり苦心して新潟三条市の職人が造り古来の技術を引き継いだ。
ヒノキの柱は1000年以上の耐久性がある。現代釘はせいぜい30年、古代の和釘は1000年釘とも言われている。この技術を受け継ぐことは大いに意味のあることだと思う。
このように日本では昔からモノづくりを大切に継承する伝統がある。しかし、最近の日本の状況は良き伝統が破壊されている。大手工作機械メーカーの社長によると以前は工作機械を納品するだけでよかったが、今は工作機械を稼働させるための加工プログラムや治工具類なども一緒にして納品すると話していた。

工作機械を使用するメーカーに加工プログラムや機械の段取りをできる職人がいなくなったからである。
身近な体験でも同じようなことがあった。シャフトの外径に溝を加工してほしいと中堅メーカーから依頼があり、図面を見てみると誰でもできるような簡単な加工で依頼先の工作機械でできるものだった。
その旨を話すと加工方法を教えてほしいといわれ本当に驚いた。
その加工はわが社であれば入社数か月の社員ができるような基礎的な事である。
やはり加工プログラムや段取りは工作機械メーカーに依頼しているとのことだった。
日本のメーカーは工作機械を操作する人財育成には全く興味がないようで、似たような話はよく耳にする。
図面も全体のことを理解していない人が書いていると感じることが増えてきた。
ここ10年で日本の技術力、技能力が急速に衰えていることを実感する出来事だった。

ガイアの夜明けというTV番組の中で、日本大手メーカーのカリスマシューズ職人が定年退職しライバルの外資メーカーに移ったところ外資メーカーの技術が飛躍的に向上したことが描かれていた。いつからこんなに職人を粗末に扱うようになったのかもったいなくて残念でならない。式年遷宮の参拝時、職人は上位の序列で参拝すると聞いたことがある。特に鉄を扱う職人は大事にされるそうだ。日本の競争力低下の一因がこのようにモノづくりを軽視する姿勢にあると思うのは私一人ではない。

職人育成には、教える側も教わる側も忍耐・努力及び時間と費用が必要になる。職人が一人前になるまで10年、20年かかるといわれるこの時間と費用をかけられない世相が今の日本ということなのだろう。どこかで歯止めをかけないとものづくりの職人がいなくなり取り返しのつかないことになってしまう恐れがあると大変心配している。国を挙げて取り組むべき問題だと思う。

当社の志の一つに技能継承がある。現代の若者はマニュアルをほしがることが多い。
自分ができないとマニュアルがないとか教えてもらっていないとか云うことが多くなっているように感じる。職人の世界はマニュアルだけでは会得できない世界である。泳げない人が本を読んで泳ぐ為の理屈を理解したと言って海に飛び込んでも溺れてしまうだろう。ゴルフスイングの理論本を読んだだけではまっすぐ飛ぶ球を打てるようにはならない。

ものづくり職人の世界もこれと同じで体で体得していくところが多くある。技能継承をしていて仏教でいう面授に似ている所があるように感じる。知識は本で学べる、知恵は本では学べない、真理も経文だけでは悟れない、技能も本では会得できない、面授とは師から弟子へ文章や経文などでは伝えられない真理、妙智などを直接対面して生活の中で伝授していくものだと聞く。経文の教えを生活や社会の中で活かしてこそ悟りに近づけると思う。職人の技能も同じでモノづくりの心を伝えることが技能継承で最も肝要なことだ。

仕事への取り組み方や考え方を先輩から学び繰り返し体を動かすことで技能を体得していく。マニュアルだけでは伝えられないところがあり、よく、見て盗め、などと言われることもその一つではないだろうか。6月号で書いたK社長は、引退した今もものづくりに関しての勉強を続けているという。何故辞めてからも勉強するのかを尋ねたところ、ハニカミながら『60年もやってきて何か聞かれたとき解らないことがあったら恥ずかしいじゃないか』と言われた。仕事を通して生涯自己陶冶していく姿に改めて感銘を受けた。我々次の世代が受け継いでいくべき姿勢だと思う。式年遷宮の建築には、樹齢200~300年のヒノキが大量に必要となる。
20年に一度造るには200年先のことも考えて準備しなければならない。

目先の利益だけを考えるのではなく、100年先を考えてのモノづくりの準備が必要なのではないだろうかと思うこのごろである。